いろはにこんぺいとう、とつぶやいて
by iroha305
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夏前に、ふと思いついて問い合わせたところ、いつでもいいわよ、空いているときなら、の返事に小躍りして通い始めて数ヶ月。
以前語学コースでお世話になった団体の広間に、そういえばピアノがあったなあと思って訊いてみたのだ。
古いとは知っていたけど、まさかのボロさ。
調律が合ってないどころの話じゃなく、中音域と高音域の鍵盤の一部はベダルを踏んでいるかのように音が響き続ける状態…。
まあそれでも弾けないことはなく、おそらくお菓子で汚れた子供の手で触られたんであろうベタベタの鍵盤をきれいに拭くと、なんとか指がなめらかに滑るようになる。
何年かぶりで弾いたソナタはつっかえはするけれども指が鍵盤を覚えてて、それなりに弾ける。
音は悪くとも本物のピアノ!
生の音がでる鍵盤に触れるだけでも心が躍る。
ネットで探してダウンロードした楽譜を蓋と布巾でなんとか正面に留め(楽譜立ても壊れて外れているのだ)、怪しい部分はCDで聞いて確認し。
仕事や用事で行けない限りはほぼ毎日、お昼頃に1時間程弾かせてもらう。
正直、つっかえたり何度も同じフレーズを繰り返したりもしている様では隣の部屋で仕事をしている人たちに邪魔じゃないかとびくびくしたりもするが、皆、遠慮することなんてないでしょ、とか、どうぞ弾いて、とか、更には素敵な演奏ねとか楽しみにしてるとか、果てにはピアニストさんとまで言われて、こちらとしてはこんな演奏で申しわけないと身が縮む思いだったりして…。
数ヶ月経ってやっと指や腕に少しずつ力が戻ってきたようで、20年近く前に習ったベートーベンのソナタの第1楽章は弾き直し、第2楽章はCDで音を確認しながら独学で譜面無しで弾けるようになった。
今は昔習った曲のおさらい、クーラウのソナチネ。
子供の頃は「エリーゼのために」が憧れだった。でも私の小さな手では無理、との理由で(でも本当は私の力が足りなかったんじゃないかと思う)到達せず、ソナタやソナチネばかり。つまんない曲だなとあの頃は思っていたけど、今ではその音の構成や繊細さがいいと思えるようになったりして。大人になってわかる素朴な味の良さ、とでもいうか。
三つ子の魂百まで、とはよく言ったもんで、指はそれなりに音をしっかり覚えている。
あの頃は死ぬ程嫌いだった練習で母ともよく喧嘩になったものだけど、今では習わせてくれた親に感謝。
というわけで今日も昼時、自転車に乗って仕事の合間、さっと出かけるのだ。
趣味はピアノ、と言っても恥ずかしくないように、楽しく練習しましょう。


以前語学コースでお世話になった団体の広間に、そういえばピアノがあったなあと思って訊いてみたのだ。
古いとは知っていたけど、まさかのボロさ。
調律が合ってないどころの話じゃなく、中音域と高音域の鍵盤の一部はベダルを踏んでいるかのように音が響き続ける状態…。
まあそれでも弾けないことはなく、おそらくお菓子で汚れた子供の手で触られたんであろうベタベタの鍵盤をきれいに拭くと、なんとか指がなめらかに滑るようになる。
何年かぶりで弾いたソナタはつっかえはするけれども指が鍵盤を覚えてて、それなりに弾ける。
音は悪くとも本物のピアノ!
生の音がでる鍵盤に触れるだけでも心が躍る。
ネットで探してダウンロードした楽譜を蓋と布巾でなんとか正面に留め(楽譜立ても壊れて外れているのだ)、怪しい部分はCDで聞いて確認し。
仕事や用事で行けない限りはほぼ毎日、お昼頃に1時間程弾かせてもらう。
正直、つっかえたり何度も同じフレーズを繰り返したりもしている様では隣の部屋で仕事をしている人たちに邪魔じゃないかとびくびくしたりもするが、皆、遠慮することなんてないでしょ、とか、どうぞ弾いて、とか、更には素敵な演奏ねとか楽しみにしてるとか、果てにはピアニストさんとまで言われて、こちらとしてはこんな演奏で申しわけないと身が縮む思いだったりして…。
数ヶ月経ってやっと指や腕に少しずつ力が戻ってきたようで、20年近く前に習ったベートーベンのソナタの第1楽章は弾き直し、第2楽章はCDで音を確認しながら独学で譜面無しで弾けるようになった。
今は昔習った曲のおさらい、クーラウのソナチネ。
子供の頃は「エリーゼのために」が憧れだった。でも私の小さな手では無理、との理由で(でも本当は私の力が足りなかったんじゃないかと思う)到達せず、ソナタやソナチネばかり。つまんない曲だなとあの頃は思っていたけど、今ではその音の構成や繊細さがいいと思えるようになったりして。大人になってわかる素朴な味の良さ、とでもいうか。
三つ子の魂百まで、とはよく言ったもんで、指はそれなりに音をしっかり覚えている。
あの頃は死ぬ程嫌いだった練習で母ともよく喧嘩になったものだけど、今では習わせてくれた親に感謝。
というわけで今日も昼時、自転車に乗って仕事の合間、さっと出かけるのだ。
趣味はピアノ、と言っても恥ずかしくないように、楽しく練習しましょう。


たまにはお疲れ
死ぬということ、生きていくということ。新しく生まれてきた命、生まれてこなかった命。
そんなことをここ数日ぼんやり考えたりして。
今日はまた福島で、これまでにない最濃度の放射線が検出されたというニュースをラジオでも耳にしてなんだか落ち込み、しかし知人の家族が書き上げた復興への提案論を読んでしみじみと人生や暮らしというものを考えて元気出さなきゃと思い。
そんなこんなでなんだかぐったり疲れてしまった本日。
PMS気味なのか、週末の曇天で気分が滅入ったのか、しかし今日はぴかっと晴れて気温も上がったのになあ。
お味噌汁作ってご飯を炊いて、豆腐カツに刻みキャベツをたっぷり添えて、和の夕ご飯をたっぷり食べてもう寝ます。
こんな日もあるよな、人生。
そんなことをここ数日ぼんやり考えたりして。
今日はまた福島で、これまでにない最濃度の放射線が検出されたというニュースをラジオでも耳にしてなんだか落ち込み、しかし知人の家族が書き上げた復興への提案論を読んでしみじみと人生や暮らしというものを考えて元気出さなきゃと思い。
そんなこんなでなんだかぐったり疲れてしまった本日。
PMS気味なのか、週末の曇天で気分が滅入ったのか、しかし今日はぴかっと晴れて気温も上がったのになあ。
お味噌汁作ってご飯を炊いて、豆腐カツに刻みキャベツをたっぷり添えて、和の夕ご飯をたっぷり食べてもう寝ます。
こんな日もあるよな、人生。
残念
「Red Curb」を聞きながらこの文を書いている。
この曲の流れるようなメロディ、せつない響きや、とぼけたように入るホイッスルの音とか、雲が切れてさーっと光が入ってくるような展開とか、そんなことを思い浮かべながら何度も聞いたっけ、この曲。
一緒に記憶も蘇る。あの頃好きだった人とか、着ていた服だとか、よく歩いていた道の情景だとか。
そういえばこの曲はうちの夫にもコピーしてあげたんだっけ。
ハラカミレイが、その昔、京都の実験映画グループ、カマンベールをやっていた映像作家、原神玲だと知ったのは、ある映像関係の知人に教えてもらったから。
カマンベールが活躍していた頃、大学入りたてで、実験映画もビデオアートも言葉以上何も知らなかった私は、それでもそうした作品を目にしては、他人の日記をそっと見るようなその近い距離感を感じさせる映像作品群に(それは例え非日常的なシーンであっても、劇場映画の日常シーンなんかよりもずっと近い)、嫌悪しつつもどこか惹かれてしまい、今に至る。
その後自分が好きな曲を作ったのがその映像作家関係の人だと知って、なんかその繋がりが嬉しかったのだ。
何年も前、知人と共にある企画への参加をお願いしたことがあったが、諸事情合ったのと、その頃映像とは少し距離を置きたいとのことで話を引き受けていただけなかった。
彼のそうした理由はなんとなくわかるような気もしたし、しかし最近、別の知人が企画したある映画の関連イベントに近々出演する予定と聞いて、気になっていたのだけど、残念ながらそれは叶わず。
直接知り合いになる機会はなかったけれど、有名になっても京都の長屋住まい、と人伝えに聞いたことも気になっていた。いいなあ、京都、と私に思わせるエピソードの一つだった。
享年40歳。
本当に惜しい。だれも思わなかったことだろうな。きっとご本人も。
合掌。
この曲の流れるようなメロディ、せつない響きや、とぼけたように入るホイッスルの音とか、雲が切れてさーっと光が入ってくるような展開とか、そんなことを思い浮かべながら何度も聞いたっけ、この曲。
一緒に記憶も蘇る。あの頃好きだった人とか、着ていた服だとか、よく歩いていた道の情景だとか。
そういえばこの曲はうちの夫にもコピーしてあげたんだっけ。
ハラカミレイが、その昔、京都の実験映画グループ、カマンベールをやっていた映像作家、原神玲だと知ったのは、ある映像関係の知人に教えてもらったから。
カマンベールが活躍していた頃、大学入りたてで、実験映画もビデオアートも言葉以上何も知らなかった私は、それでもそうした作品を目にしては、他人の日記をそっと見るようなその近い距離感を感じさせる映像作品群に(それは例え非日常的なシーンであっても、劇場映画の日常シーンなんかよりもずっと近い)、嫌悪しつつもどこか惹かれてしまい、今に至る。
その後自分が好きな曲を作ったのがその映像作家関係の人だと知って、なんかその繋がりが嬉しかったのだ。
何年も前、知人と共にある企画への参加をお願いしたことがあったが、諸事情合ったのと、その頃映像とは少し距離を置きたいとのことで話を引き受けていただけなかった。
彼のそうした理由はなんとなくわかるような気もしたし、しかし最近、別の知人が企画したある映画の関連イベントに近々出演する予定と聞いて、気になっていたのだけど、残念ながらそれは叶わず。
直接知り合いになる機会はなかったけれど、有名になっても京都の長屋住まい、と人伝えに聞いたことも気になっていた。いいなあ、京都、と私に思わせるエピソードの一つだった。
享年40歳。
本当に惜しい。だれも思わなかったことだろうな。きっとご本人も。
合掌。
気持ちは嬉しいのです
友人の布染めワークショップに顔を出しに行ったときのこと。
中に入ってきた一人のおじさんとふと目が合った。
たぶんたまたま立ち寄った人だと思うのだが、Tシャツにサマージャケットを羽織ったジーンズ姿はそれなりにあか抜けた出で立ち。
再度目が合ってお互い挨拶モードに入ったところでおじさんが微笑みながら言った。
「sayonara」
瞬間笑顔のまま凍り付く私。走馬灯のように考えが頭を駆け巡る。
えーと、ここは日本語で返すべきか。しかしそうしたら「こんにちは」でおじさんの間違いが明確になって恥をかかせてしまう。
しかし「ハロー」と返したら、私が日本人じゃないみたいじゃないか。
だからといって「サヨナラ」と返すのはネイティブのプライドが許せないっ。
って、この人、なんて面倒なシチュエーションを親切に作り出すんだっ。
と高速で頭を回転させながらもしかし、ただ微笑みを返すことしかできなかった私。
日本語がそれなりに認知度を上げたのは嬉しい。日本に興味を持ってもらって嬉しい。そんな風にコミュニケーションを取ろうとしてくれる気持ちは嬉しい。
が!こんなに気を使わせられるシチュエーションに放り込まれるのはありがた迷惑でもあり…。
典型的な文化知識を親切という切り札にして近づいてくる勘違い男のタイプではなかったが、これはこれで困るのよね。
道端でニーハオ、と声かけられるのも面倒だが、中途半端な知識で接されてもねえ…、クールじゃないわ。
と、言う私は、夫いわく心が狭いのだそうです。
中に入ってきた一人のおじさんとふと目が合った。
たぶんたまたま立ち寄った人だと思うのだが、Tシャツにサマージャケットを羽織ったジーンズ姿はそれなりにあか抜けた出で立ち。
再度目が合ってお互い挨拶モードに入ったところでおじさんが微笑みながら言った。
「sayonara」
瞬間笑顔のまま凍り付く私。走馬灯のように考えが頭を駆け巡る。
えーと、ここは日本語で返すべきか。しかしそうしたら「こんにちは」でおじさんの間違いが明確になって恥をかかせてしまう。
しかし「ハロー」と返したら、私が日本人じゃないみたいじゃないか。
だからといって「サヨナラ」と返すのはネイティブのプライドが許せないっ。
って、この人、なんて面倒なシチュエーションを親切に作り出すんだっ。
と高速で頭を回転させながらもしかし、ただ微笑みを返すことしかできなかった私。
日本語がそれなりに認知度を上げたのは嬉しい。日本に興味を持ってもらって嬉しい。そんな風にコミュニケーションを取ろうとしてくれる気持ちは嬉しい。
が!こんなに気を使わせられるシチュエーションに放り込まれるのはありがた迷惑でもあり…。
典型的な文化知識を親切という切り札にして近づいてくる勘違い男のタイプではなかったが、これはこれで困るのよね。
道端でニーハオ、と声かけられるのも面倒だが、中途半端な知識で接されてもねえ…、クールじゃないわ。
と、言う私は、夫いわく心が狭いのだそうです。
縁あるもの
一応既婚ですが、そして結婚指輪もありますが、一度もしたことがない私(というか私たち)
それはさておき、この指輪。
左手小指にはめてもう十数年。寝るとき以外はほぼ着けっぱなしの指輪ですが、たびたびなくします。
なんか小指がすーすーするな、と思ってふと見ると、ないのです。そうやって忽然と姿を消してしまいます。
あー、またどこかにいっちゃった、と言うたび、夫はうんざりした顔でまた?と訊いてきます。
紛失したものは縁がない、縁が切れた、と思うべし、という考えの私としては、惜しい気持ちは2割くらいで割り切った気持ちでいるのですが、なぜか夫の方が嫌な思いが強いらしい。いわく、他人のものでも紛失したものは哀しくなるので、そんな気持ちにさせられるのが嫌だ、のだそうです。
他人のことなんだから構わなくていいじゃんねえ、と女はあっさりしたもの。
しかしこの指輪、紛失するたびに必ず再び見つかります。ほんと不思議なくらい。
特に気温が低い日や冬などは指がほっそりするらしく、それですとんと抜けて落ちてしまうようですが、諦めた気持ちでいると、しばらくして、あれー、あったー、と。
ショルダーバッグの底にあったり、服の中にあったり、マフラーに引っかかってたり、極めつけは冷蔵庫の中に見つかった事もありました。
これはおそらく野菜か何かを取り出した際にそこで抜け落ちたらしい。
さて今日の場合はそんなこともふまえ、冷蔵庫の中、野菜屑を捨てたゴミ箱の中も一応調べたが見つからず。
えーと、あとはどこを動いたっけ、と記憶を辿って、バスタオルの入った籠をチェックしたら、光るものが。
あー、あったー。
どこにあったの?
えーと、バスタオルの間。
…。
いつもハラハラ、嫌な気分にさせられる夫からはたびたび、その指輪、少しサイズを直したら?
でも面倒くさいんだよねえ。
なくしてもなくしてもまた出てくる、縁の切れない人間関係みたいな指輪です。

それはさておき、この指輪。
左手小指にはめてもう十数年。寝るとき以外はほぼ着けっぱなしの指輪ですが、たびたびなくします。
なんか小指がすーすーするな、と思ってふと見ると、ないのです。そうやって忽然と姿を消してしまいます。
あー、またどこかにいっちゃった、と言うたび、夫はうんざりした顔でまた?と訊いてきます。
紛失したものは縁がない、縁が切れた、と思うべし、という考えの私としては、惜しい気持ちは2割くらいで割り切った気持ちでいるのですが、なぜか夫の方が嫌な思いが強いらしい。いわく、他人のものでも紛失したものは哀しくなるので、そんな気持ちにさせられるのが嫌だ、のだそうです。
他人のことなんだから構わなくていいじゃんねえ、と女はあっさりしたもの。
しかしこの指輪、紛失するたびに必ず再び見つかります。ほんと不思議なくらい。
特に気温が低い日や冬などは指がほっそりするらしく、それですとんと抜けて落ちてしまうようですが、諦めた気持ちでいると、しばらくして、あれー、あったー、と。
ショルダーバッグの底にあったり、服の中にあったり、マフラーに引っかかってたり、極めつけは冷蔵庫の中に見つかった事もありました。
これはおそらく野菜か何かを取り出した際にそこで抜け落ちたらしい。
さて今日の場合はそんなこともふまえ、冷蔵庫の中、野菜屑を捨てたゴミ箱の中も一応調べたが見つからず。
えーと、あとはどこを動いたっけ、と記憶を辿って、バスタオルの入った籠をチェックしたら、光るものが。
あー、あったー。
どこにあったの?
えーと、バスタオルの間。
…。
いつもハラハラ、嫌な気分にさせられる夫からはたびたび、その指輪、少しサイズを直したら?
でも面倒くさいんだよねえ。
なくしてもなくしてもまた出てくる、縁の切れない人間関係みたいな指輪です。

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